環境問題と社会貢献は切っても切れない関係にある5/14

パチンコというと射幸心を煽る遊戯と悪者にされることが多いが、その冠で娯楽の殿堂と謳われるように庶民になくてはならない遊技場である。それは全国、どの街に出掛けてもその存在を見かけないことはないというところからもうかがい知れるだろう。しかし、マイナス・イメージが付きまとうのは大マスコミにその責任の一端があるといえなくもない。なにしろ、テレビや新聞が好むのは事件や事故。それに、圧倒的視聴者である主婦受けのいい、反社会キャンペーンの格好の餌食となりやすいギャンブル産業だからに他ならない。しかし、パチンコ業界をはじめとしたギャンブル産業の社会貢献度を知るとその評価は一変するに違いない。それが報道されないのはいかにも不憫なほどだ。そこでこの場を借りて、まずはパチンコ業界の社会貢献物語をいくつか紹介したい。
 愛媛県松山市にある日野学園は知的障害者の入所施設として45年以上の歴史を持つ。その敷地にはレトロ感を髣髴とさせる建物が並ぶが、どれも手入れが行き届き、清潔感にあふれている。設立者は、愛媛県内と関東一円に70軒近くのパチンコ店を経営し、パチンコ業界の中でも大きな存在感を持つ日野一族の創始者、日野喜助氏の子息・日野博行氏。現在はその遺志を継いだ子息の二郎氏に受け継がれている。
 父の喜助氏とともに、パチンコ店の経営に参加していた博行氏がこの学園を設立に至った経緯には親子愛の物語がある。実は博行氏の長男に知的障害があったのである。小学校までは地域の学校の特殊学級に通わせていたが、自分が老いた先、この子の面倒を誰が見るのだという悩みに苛まれていたのである。それを払拭すべく設立したのが同学園だった。昭和36年のことである。
 思い立ちはともかく、施設を作ろうにも、そこはあくまでも素人。既存の知的障害児の施設を支援することも視野にあった。ところが、いろいろと調べてみると既存の知的障害者施設はどこも貧弱そのものだった。その背景には、当時、障害者は家庭の中で面倒をみるべき問題として扱われるという傾向が強く、施設そのものの認知度が低く、国や地方自治体からの補助が、今にも増して満足に行われていなかったのである。いうまでもなく、家庭内で面倒を見るというのは家族にとっても大きな負担で、なかには障害者が座敷牢に閉じ込められるケースも多々あったという。
 この現状に博行氏はぜひとも、自分と同じ悩みを抱える家族のためにも立ち上がろうと自ら設立すると決意した。当然、それ相応の資金が必要になる。しかし、ボランティア精神の強かった父・喜助氏の影響を受けていた博行氏には、儲けはどこかで社会に還元という思いがかねてからあったことや、高度成長期にあっただけに、パチンコ店は順調で、資金力があったのも、博行氏を後押しした。
 「山奥の田舎では、あまりにも社会から隔離されてしまうと考えて、市街地の近くに用地を探したんです。結局、現在の場所に6000平米の土地を購入し、さらに建物を用意し、そのすべて寄贈しました」
と語るのは博行氏の次男である二郎氏。 以来、博行氏は二郎氏に経営を一任、施設運営に打ち込んだ。現在、日野学園には約百人の入園者が存在する。その平均年齢は約30歳前後というが、こうした入所施設では、自立への道が険しく、長期の入所となってしまう。たしかに知的障害は治ることはない。だが、支援のありかた如何で社会への適応能力は向上し、働けるようになる可能性もあるところから、常用労働者数が56人を超える企業では、全従業員数の1.8%以上の割合で、身体障害者、または知的障害者を雇用しなくてはならないと「障害者の雇用の促進等に関する法律」により定められている。しかし、未達成の企業は少なくないのが現状である。
 さらに、長引く不況は企業だけではなく、国家財政も圧迫しており、障害者への補助金も節減していこうという意図が見え隠れしており、先行き不透明というのが否めない。これでは施設運営者はまともに予算も組めない。 「入所者がいる限り、経営が立ち行かなくなったから解散します、そういうわけにはいきません。現在の困難な状況は、どの施設でも直面している問題といえます」と二郎氏は眉を曇らす。
 それでも、博行氏の志を継ぐ二郎氏の挑戦はこれだけにとどまっていない。次回は二郎氏の挑戦をお送りする。

久保範明

マルハンが投じたロンドンオリンピック選手支援5/10

今年最大のイベント、ロンドンオリンピックの開催まで100日をきった。日本代表が次々と決まり、大舞台での日本人選手の活躍が期待される。とりわけ、今回のオリンピックで選手に課せられているのは競技での成績だけでなく昨年の東日本大震災で世界各国から寄せられた支援に対するお礼のメッセージを世界に発信することも託されているのではないだろうか。さらに、今も続く原発事故による放射能の飛散は世界の人々に心配だけでなく、大きな迷惑をかけ続けている。世界が地球の環境問題に取り組んでいるなか、まさに逆行している形になっている。こうした事実もオリンピックの場を借りて世界に謝罪しなければならない。日本を代表する選手にとっては重責となるが、競技同様がんばってもらいたい。 良かれ悪しかれ、オリンピックの歴史を振り返ってみるとオリンピックは各国が世界にメッセージを送る舞台となるケースも少なくない。選手の力量が国の力量ともいえるのだ。だからこそ、各国はオリンピック選手育成費用が数百億円を投じているのだ。 しかし、残念なことに日本は27億と、600億円を投じている韓国の20分の1しかないのだ。事実、日本代表となった多くの選手が、練習や遠征費などを自分自身で捻出しているというのだ。ワールドカップ優勝以前のなでしこジャパンの選手同様、練習時間以外はアルバイトや親からの仕送りを受けて競技生活を続けているという。こうした選手を日本政府は日本代表選手と胸を張って送り出せるのだろうか。 このように困窮する選手に救いの手を伸ばしてくれた企業がある。遊技業界最大手のマルハンだ。マルハンは、資金難のオリンピックを目指す選手を対象に総額1000万円を支援するという「ワールドチャレンジャーズ」の公開オーディションを行った。 応募は411件に上り、書類審査を経た14人が貴乃花親方や乙武洋匡さんを含む審査委員や来場者に競技実績や熱意、自己PR力をプレゼンテーションするというものだった。審査結果には来場者300人の投票も加味されたという。 選ばれた選手の一人、トランポリンの伊藤正樹選手は、世界ランク1位の実績もありながら、国際大会の出場経費も半額は自己負担となる窮状を説明し、「ロンドン五輪のメダル獲得は、夢ではなくトランポリン界の仕事」と訴えたという。その他、近代五種女子ロンドン五輪代表の黒須成美、トライアスロンの崎本智子、ラートの高橋靖彦、車いす陸上の西田宗城、フリーダイビングの平井美鈴、そして、ライフル射撃の森ゆかり選手が支援を受けることになった。  本来は、国がやらなければならないことをマルハンという一企業が支援してくれた。これは選手ばかりでなく、これまで選手を支援してきた親、関係者、そして、同じような境遇で競技を続けている選手に大きな夢と希望、そして勇気を与えてくれたはずだ。  実は、マルハンはこれまでも多種多様な社会貢献を繰り返し行っている。もちろん、東日本大震災に際しても大きな支援を投じている。それは金銭だけでなく人力として社員も被災地に投入し、震災で弱った人々を支援しているのだ。  しかしながら、こうした地道な活動はなかなかニュースとして取り上げられないというのも現状だ。有名人や名だたる企業が支援をすれば大きくニュースとして取り上げるものを、マイナーイメージのスポーツや企業の活動には目を向けないマスコミも日本政府を非難できる立場にない。じつに情けない話だ。メジャーであろうがなかろうが、一様に支援する、応援する、報道するというのが、本当に文化度の高い行為といえるのではないだろうか。  とりもなおさず、マルハンの支援を受けた各選手のロンドンでの活躍が弱りきっている日本国民はもとより、世界の人々に感動を与えてくれはずだ。注目して応援したい。

久保廣和

日本の電力事情4/15

2012年5月5日、北海道の泊原子力発電所の原子炉が定期点検のため運転をストップする。これによって全国に点在する54の原子炉すべてが停止することになる。政府は大飯原発の稼動再開を求めて地元住民の説得にあたったが、今のところ答えはNOだ。近隣の滋賀や京都、大阪も再開には反対の表明をしている。大飯原発の恩恵を一番受ける大阪が反対しているのだから当分再稼動はないだろう。全国の原発が停止した以上、今年の夏も全国的に節電の夏となる。 そういう不安を尻目に東京電力が一般家庭で約10%の電気料金が上がることになった。しかも、来春の新潟柏崎原発の再稼動を計算に入れた上での値上げというので、それが叶わないのなら、再度値上げがあるぞといった体だ。なにやら政府の原発再稼動に有無を言わせない作戦のようにも見える。 原発が駄目なら代替の発電ということで、火力、水力はもとより風力、ソーラー、ガス、蓄電などの開発が急がれているが、電気の問題はそれだけではない。 昨年、福島原発の事故で東京電力は電力不足の状態となった。近隣の東北電力も地震で原発が停止したので、東北電力に頼るわけにはいかなかった。そこで、西側の中部電力に助けを求めたいのだが、東京電力と中部電力の電気の周波数、いわゆるヘルツが異なっているので、十分な量を借り入れることはできなかった。 いまさらではあるが、日本列島はほぼフォッサマグナの西側の線に沿って東が50ヘルツ、西が60ヘルツという周波数になっている。 日常、われわれが何気なく使っている家電製品は、ヘルツの異なるものを使うと壊れることもあるというのだ。周波数の境界線となっている付近では50と60ヘルツが混在している地域もあり、消費者には不安の種となっている。今ではほとんどの家電製品が両周波数に対応しているヘルツフリーとなっているものの電子レンジや洗濯機などは、機能性に問題が生じることもあり、事前のチェックが必要だ。すなわち、東京から名古屋、あるいは九州から東京に引越しをするときは要注意となる。 このばかげた事態を引き起こした歴史は明治時代にまで遡る。もともと直流で電気を供給していた関東の電力会社は、交流送電に切り替えるための発電機をドイツから購入し、一方の関西の電力会社は、アメリカ製の60ヘルツの発電機を使っていたため、日本を二分することになってしまったのである。戦後、これを統一しようとしたものの、復興事業が優先され実現できなかったという経緯もある。 原発の停止で全国的に電力不足となるのは避けられそうにもない今、節電対策も重要だろうが、東と西で電力を貸し借りできるシステムを確立することも急がなければならないのではないだろうか。

深澤廣和

内的環境に悪影響を及ぼすスマートフォン考3/27

スマートフォンが急激に普及し、通信新時代をマスコミが騒ぎ立てている。しかし、スマートフォンが巷間言われるほどに素晴らしいものか甚だ疑問である。まず、情報化時代の申し子のように言われるが、お手軽に調べものができることが知的活動にいいとは思えない。ある物事についてあれこれ八方尽くして調べるから、その物事についての深い部分が理解できるのであって、表層的に調べたものはそれなりの価値でしかない。しかも、そこにある情報が正確なものなのか全くわからない。パソコンによるインターネットが使われ始めた頃は、そこに上がっている情報の真偽を確かめよ誰もが口にしたが、最近それもあまり聞かなくなった。人々がその情報の不確かさを熟知した結果というのならばいいのだが、その重大性を知るものが少なくなったというのが実際だろう。先の東北地方太平洋沖地震でツイッターを評価する声が殺到したが、その実力を鵜呑みにしていいのだろうか。もし、デマが飛んだとしたらパニックを誘引することは明らか。そうやって疑ってかかると、エジプトやリビアの民衆運動も疑わしくなる。つまり、アメリカやヨーロッパの言うことを聞かなくなったムバラクやガダフィーを失脚させたい人々が、ツイッターで民衆の声として流布したと考えられなくもないではないか。さらに、電車の社内を見渡すと前も後ろも右も左もスマートフォン。同じ社中にいるというのに思考はバラバラというのはいかにも恐ろしい。車内にどんな人がいる、車窓にどんな景色が広がる、それも重要な情報ではないか。実際、スマートフォンをいじりながら駅のホームを歩いていて電車と、あるいは人や車椅子と接触という事故が増えているとJRが注意を促している。それでなくとも多くの人がそんな光景を目撃しているはずだ。そんな社会情勢に追い討ちを掛けたのがドコモの通信障害だ。都心で発生した通信障害に250万人が影響を受けたというのにも驚いたが、連絡が取れずに大変だったと青ざめるユーザーの無能ぶりに恐ろしさを感じずにはいられない。しかも、テレビのレポーターが訳知り顔で、事故の大きな要因は無料のパケット通信だと指摘し、アメリカでは有料化し、利用者の使用をセーブすると同時に、有料化による収益分で交換機の充実化を図っていると報告。日本でもその方向性で改善に向かうだろうと涼しい顔でいう。よくそれでマスコミの一員が務まるものである。ちょっとした通信障害でこれだけの影響が生じているということは、多くの人がケータイやスマートフォンに依存しているということである。生活していく上で不可欠なものにしておいて無料のものを有料にするというのは、オール電化を進めるだけ進めておいて電気料金を上げるのと同じではないか。今、まさにそんな暴挙が行われようとしていることに察しがつかないのは、やはりスマートフォンの影響なのだろうか。

久保範明

節電と待機電力1/18

電力不足ということもあり、昨年来、節電を心がける人が増えているようだ。夏は冷房の温度を28度、冬は暖房を22度くらいにするといいという。しかし、私は、夏は25度くらいでないと我慢できない。また、冬も26度くらいないと駄目だ。ようは、一年を通して25~6度の気温が私の適正気温ということになるのだろう。しかし、お国の一大事の時、少しずつ我慢して少しでも節電に協力しようと思っている。 ところで、待機電力というのも節電に大きく影響するのをご存じだろうか。テレビなど、リモコンのスイッチをオンにすれば、たちどころに画面が見られるのもこれのおかげ。家電が瞬時に稼動するようスタンバイさせておくための必要電力である。当然、微量ながらこれも電気を消費している。これをやめれば、ちりも積もればなんとやらで、節電になるというわけだ。そこで、テレビや電気ポット、炊飯器など、家電プラグをコンセントから抜きとっているという。 しかし、ここで問題になるのはエアコン。エアコンも冷暖房のスイッチを入れるとたちどころに立ち上がる。これを待機電力と勘違いし、その都度、プラグを抜いている人が多いという。実は、エアコンは室外機にある温度センサーを常に作動させておく必要がある。コンセントから抜いたプラグを再度コンセントに差し入れて、いきなりスイッチを入れるとセンサー部に異常な負荷がかかり、果ては無理が生じて壊れてしまうそうだ。プラグを抜いたら最低でも7時間ほど待機させ、温度センサーを落ち着かせる必要があるのだ。節電のつもりが、室外機を壊して思わぬ出費を強いられることになる。 巷では節電対策がいろいろといわれているが、食い物の話ではないが、クチコミは危ないので、十分に検証してから実行することをお勧めしたい。

浅間守

注目のクリーンエネルギー12/7

エネルギーの見直しが声高に言われるなか、太陽光発電導入を促す投資が注目されている。この動きに拍車をかけたのは福島の原発事故であることは周知の通り。しかし、それ以前から石油をはじめとした化石燃料の枯渇が目前に迫っていることが明らかにされ、代替エネルギーへの取り組みは急がれていた。 もっとも、代替エネルギーのホープと目されてきたのが原発であった。世界で唯一の被爆国日本での原発導入は、国民の原子力アレルギーが強く、猛烈な反対運動が繰り広げられた。だが、高度経済成長を支える原子力エネルギーの魅力の前に反対意見は見る見るつぶされていった。 無論、危険と背中合わせであることは誰もが承知していたが、国、そして電力会社が安全神話を国民に入念に刷り込んだおかげで原発は次世代型エネルギーの主役として市民権を獲得したという歴史がある。 容認の影には安全だけでなく、国を支えるだけのエネルギーが原発を置いて他にあるのかという難問もあった。著しく高度成長を遂げる経済大国の消費するエネルギーを太陽光や風力で賄えるはずがないのも確かなところで、人々はこれも時代の趨勢と原発を受け入れることを選択したのであった。 原子力について甘い認識を抱いていたのは日本人だけではない。世界中が容認しているのだ。実際、この地球上には427個の原子力発電所が存在する。 そんな人類に対して冷や水をかけたのが3月11日に発生した東日本大震災だった。震災で安全神話はいとも簡単に崩れ、次世代にまで及ぶとんでもない負の遺産を相続させることになった。そこで人々の関心を集めたのが太陽光発電である。安全性はもとより化石燃料のように二酸化炭素を排出するといった副作用もない。しかも原子力発電所のような大規模な施設も必要ない。 もちろん、クリーン・エネルギーに原発並みの大規模な電力供給は期待できない。それを可能にするには、節電を大前提とした官民一体の取り組みが必要になる。官はともかく、民は企業のみならず、一般市民の協力も欠かせない。そこで問題になるのが戸建家屋のソーラー化である。住宅用太陽光発電の平均容量は3.96kWという算定があり、その設置価格の目安は238万円以下とされている。決して一個人が右から左へとできる金額ではない。 この費用問題を一気に解消できると脚光を浴びているのがファンドである。事実、次世代型エネルギーへの投資は、現在のオイルマネーを掌握するのと同じ魅力があると動き始めた企業もある。これ以上に新エネルギー・ファンドの将来性を物語るものはないだろう。 声に敏感に反応したのは企業ばかりではない。地方自治体も積極的だ。日本有数の日照率を誇る長野県飯田市では、ファンドで資金を調達して市民に積極的にソーラー化を呼びかけている。日照はいわば油田。ソーラー化が進めば、市の大きな財源になる。 いうまでもなく、原油が枯渇しソーラー発電、あるいは風力発電に頼る社会になるのはまだまだ先の話。原油がなくなり続けている一方で、大型の油田発見もある。さらに、今回の事故を糧に原発の安全性が飛躍的に向上し、再び人々の信頼を獲得し、原発頼りの社会が醸成されることも考えられる。しかし、どんな社会であろうともクリー・エネルギーが人類の未来に希望の一筋になっていることは否めないであろう。

久保範明

大学のエコ度って?11/20

少子化の時代にあっても大学の数は増えており、いまや全国には750にのぼる4年制大学があるといわれている。大学のランキングというとよく目にするのは偏差値やら就職率といったところだが、中には、大学のエコ度を評価するランキングなるものがある。  「エコ大学ランキング」は、大学の温暖化対策を後押しするとして、学生グループが企画・調査している。全国の大学にアンケートを行い、二酸化炭素排出量、エネルギー使用量、廃棄物、温暖化対策、学生への環境教育や学生との協働といった6分野について独自の指標で点数化し、ランキングを発表している。 3回目を迎える今年は167大学から回答が寄せられ、その結果、総合1位が 名古屋大となった。工学部系の実験設備や医学部および医学部付属病院などを擁するエネルギー消費量が大きい大規模総合大学でありながら、2010年に空調システムの機器の入れ替えや運用改善を行うなど大幅な省エネを実現し、今回の評価につながった。 また、総合2位となった郡山女子大では、同大校舎屋上の太陽光発電パネル増設などにより、全消費電力のうち3.6%という高い自然エネルギー導入率やCO2排出量の削減などが評価された。 自然エネルギー導入率を部門別でみると、山形の東北公益文科大が全消費電力のうち自然エネルギーが占める割合が6.16%で1位となった。同大はキャンパス内に太陽電池モジュール1872枚(約1900㎡)を設置し、最大出力250kw(一般家庭の約100世帯分)の電力を活用しているという。  今年は福島原発問題による電力量逼迫により、各大学で節電への取り組みが熱心に行われ、大学の環境対策は全体的に進んだといえると結論付けられている。

第3回エコ大学ランキング

1 名古屋大学 国立

2 岩手大学 国立

3 郡山女子大学 ・同短期郡山女子大学 私立

4 日本工業大学 私立

5 成蹊大学 私立

自然エネルギー導入率(部門別)

1 東北公益文科大 私立 6.16%

2 日本工業大 私立 4.27%

3 郡山女子大学・同短期大学部 私立 3.16%

葛西由恵

美しい富士山の話し11/20

健康志向の高まりから自転車に乗る人が増えたという。そういう自分も週末は自転車で50キロくらい走るようになった。からだを鍛えるためではなく、どちらかというとごろ寝して終わりという休日の習慣を改めるためにはじめた。だから、それほど一生懸命走っているわけではなく、景色を眺めながらの超スローサイクリングといった程度ものだ。そのコースの中に広場の中を走りぬける道があり、そこから眺める富士山がとてもすてきだ。どうすてきかというと道辺に花壇が配置され、そこに季節ごとの花が咲き誇り、その花をかすめて遠くに富士山が眺められるように計られているのだ。 10月、その花壇にはコスモスの花が咲き、どこからともなく集まったカメラマンたちがコスモスの花を入れて富士山を撮ろうと躍起になっている。しかし、その中にマナーの悪い者もいて、平気で花壇に足を踏み込んだり、撮影のために花や葉を間引きしている者がいる。 その翌日、朝早くその道を通ると4人の女性が花壇の手入れをしている。花壇の土を均したり、四方八方に傾いた花の茎を伸ばしたりしている。暑くなる前に、その手入れを終えようとしているのだろう。無駄なお喋りもすることなく、せっせと作業をしている。これはノルマの作業ではなく、明らかにボランティアだろう。事実、話を聞くと、やはり近所の方の好意によるものだった。季節ごとの花を咲かせ、富士山の写真を撮りに来た方に少しでも美しい景色を見てもらおうという気持ちからだという。ただただ感服。でも、こうした縁の下の気持ちに気づくことなく、今日まで私自身もこの道を走ってきたのだ。傍若無人なカメラマンを批難できる立場にない。今、私ができることは、こうして見えないところで、美しい富士を演出してくれる女性たちに「ありがとう」と声をかけ、感謝の気持ちを伝えることだろう。

不破啓佑

市民あげての美化運動11/20

 静岡県富士宮市では町内の美化運動がしっかりと市民に浸透している。市内一斉清掃の日には、各町内会、班単位が一丸となって近隣のゴミを拾い、溝をさらい、草取り、そして、川の流れる地区では、川の清掃と、市内の環境美化に努めている。
 自分が参加して思うのは、町民の誰もが積極的だということだ。本来なら日曜日の朝、ちょっと寝坊したいという人も多いはず。しかし、参加している誰もが自ら進んで、もくもくと作業をしていく。その結果、いつも見慣れた町並みが輝いて見えるから不思議だ。これは、この運動に参加した者だけに与えられた感動だろう。
 富士宮市の市民がなぜ、こうも環境美化に積極的なのか。おそらく、富士宮市が富士山の麓にあることがその要因となっているようなきがする。日本人の誰もが愛する富士山が劣悪環境ということで世界遺産登録がならないというのは周知の話だ。そこで、汚名返上とばかりに富士山観光で訪れた人々にきれいな町をアピールしたいという気持ちを富士宮市民が持っているからに違いない。
 こうした小さな環境美化運動が、やがて大きな地球単位の運動につながるのは間違いない。だれもが自分で清掃した道や川を汚したくないし、また、そんなきれいな街にゴミを捨てようとする者は少ないはずだ。
 さらに、こうした地区単位の結束力は3月の東日本大震災や9月の台風被害で大打撃を受けた際にも住民の避難や防災に大きく役立ったといわれている。地区の者が顔を合わせる、お互いを知り、そこに互助精神や助け合い精神が育成されていくのだろう。
 地震の被災地を取材してきた中で、町の助け合いや防災訓練が行き届いた地域は、間違いなく、こうした運動が盛んだったところだった。日本人の誰もが関心を示す防災対策。これを環境運動と並行すれば、きれいな町、そして災害に強い町が築かれるもの。
 「ちょっと信じられないな」と思っているあなた。家の前の道をちょっと掃除。少しずつ環境問題や防災問題が身に染みてわかってくるのでは。

深澤廣和

やっぱりガスでしょ11/19

 原発事故で目立たなくなったがオール電化が盛んに言われ、テレビの料理番組でもIHクッキングヒーターで調理なんていうのが主流になっている。このへんにマスコミと東電の癒着を感じてしまうのは私だけではないだろう。もっとも、電化派はガスの裸火は危険というのを御じるしとしている。なるほど、調理中に袂に火がつき高齢者が焼死なんていうニュースも見聞きする。だからといって火を恐れ、それを日常の生活から切り離していいのか。そもそも、人間が霊長類のトップに君臨できたのも火を扱えたからというのは子どもでも知っていること。にもかかわらず、火を恐れることをよしとして、いまどきはマッチを擦れない若者も多い。テレビ番組の話ばかりで恐縮だが、「ウルルン滞在記」をみていたら、ニューギニアの山岳民族を尋ねていったタレントが火を起こせなくて笑い者になっていた。彼らからすれば、火も起こせない人間がこれまでどうやって生きてきたのか不思議に映ったようだ。
 裸日は確かに危険である。しかし、それに接しているからこそ、その恐ろしさを知り、正しい扱いを知るのである。それを考えると、せめてキッチンから火をなくしてはならない。やっぱりガスなのである。

久保範明

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